福岡は博多の街と風俗の研究本文です。

筥崎宮
筥崎宮の参道はまっすぐに玄界灘へと向かっている。
まるで海の向こうからやってくる人を迎えるかのように。
波打ち際はお潮井取りの行事で知られる。「てぼ」と呼ばれる竹かごに海の砂を詰めておき、玄関先につるしておいて、出入りのたびに体にふりかける。
古くから災難除けになると信じられてきた。参道を南へ進み、一の鳥居をくぐると、前方に楼門がそびえている。
見上げると醍醐天皇筆と伝えられる「敵国降伏」 の額。筥崎宮は元麓の古戦場の一つだが、実はもっと以前から海の向こうからやってくる侵入者ににらみをきかす役割を担わされていたのである。
大阪の話
大坂城と豊臣秀吉
貧しい農民の子に生まれ、自らの実力で関白の地位を勝ち取った太閤秀吉。
天下人の地位を得た秀吉が、持ち前の柔軟な発想で検地や刀狩などさまざまな政策を打ち出していったのは周知の通り。
天下統一への意志を象徴するべく大坂城を築いた彼がその城下町に集めたのは、大名や家臣、そしてほかならぬ商人たちでした。
都市に活気をもたらすのはモノと人の流れであることを、彼は鋭くも見抜いていたに違いありません。